第二十八番千手観音  由来・詳細

当山が16世紀以前に、真言宗の寺であった頃からの寺宝です。
7〜800年前の作と伝えられますが、作者など詳細は不明。
第二十八は、当寺が阿水三十三霊場の第二十八番にあたっていたこ とから名付けられたもの。
その千本の手は多くの人々にあまねく救済の手をさしのべる慈悲の心を表しています。 像高80cmあまりの木像で、端正な顔立ちにたおやかな体躯の華麗な観音像です。


優婆尊   由来・詳細

像高50cm程の木像。行基(688-749)作と伝えられますが、詳細は不明。
優婆尊(ウバソン)は、仏の十大弟子のひとり優波離(ウパーリ。戒律に精通し、律蔵の 編集責任者)が転じたものか。あるいは、在家信者を指す優婆塞(ウバソク) が転じたものか。もし行基とゆかりの深い像であるとすると、優婆塞は単 に在家信者というより、行基とともに各地で献身的に公共事業を行った行基 の弟子たちをも指し、なかでもとくに功績のあったひとりの像とも考えられます。 古くから、安産、家畜の安全などに御利益があるとされて篤く信仰され、煤の ために黒々とした姿になっています。


稲荷

伽藍及び関係人の守護神として、平成10年建立されました。 曹洞宗の多くの寺には稲荷堂がありますが、その由来は、曹洞宗の開祖道元禅師が中国に渡り、天童山の如浄禅師について修行され悟りを開かれ、帰国する際の海難事故のときに稲荷天に助けられたことから。